鳥は爬虫類?
| 執筆:鈴木 雅大 監修:大田 修平 作成日:2010年11月21日 | ||
| 2010年春の事です。電車に乗っていると,向かい側の席に小学校低学年位の男の子とお母さんが座っていました。男の子は生き物が好きらしく,動物図鑑に見入ってました。動物園か博物館にでも行くのだろうなと思って眺めていたら,男の子が突然図鑑から目を離して,「お母さん,鳥は爬虫類だよ」と言いました。図鑑の中で鳥類と爬虫類とが分けられれているのが気になったのでしょう。お母さんはちょっと驚いた後,困ったように「そうだったかしら?」と返し,パラパラと図鑑を見た後,「鳥は爬虫類じゃないんじゃないかしら」と答えました。男の子は不満だったようで「鳥は爬虫類なの!」と大きな声を出して拗ねてしまいました。一連のやりとりを見ていてとても驚きました。この男の子が言っていた事は,系統分類的には正しい事だったからです。「具体例に基づく生物の系統と分類」や「藻類・原生生物の分類と解説」で紹介しているように,近年,生物の分類体系は大きく変化しています。従来の分類体系では,鳥類は脊椎動物門(Phylum Vertebrata),鳥綱(Class Aves),爬虫類は脊椎動物門,爬虫綱(Class Reptilia)として区別されてきましたが,近年,鳥類と爬虫類は共に脊索動物門(Phylum Chordata),爬虫綱に含まれ,鳥綱は鳥下綱(Infraclass Aves)として綱から下綱の階級に下げられ,ワニからなる主竜下綱(Infraclass Archosauromorpha)と同列に置かれています。つまり,男の子の言う通り,「鳥は爬虫類」なのです。もちろん,図鑑や教科書,生物図説などでは,鳥類とヘビ,トカゲ,ワニなどの爬虫類とは異なる仲間と紹介されています。お母さんの解答は至極当然の事でしょう。ならば,男の子はどうして「鳥は爬虫類」だと知っていたのでしょうか。 | ||
| 爬虫類 | ||
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| カメ(亀):イシガメ | ヘビ(蛇):アカマダラ | |
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| トカゲ(蜥蜴):スインホーキノボリトカゲ | ワニ(鰐):インドガビアル | |
| 鳥類 | ||
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| セグロカモメ | カルガモ | |
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| コブハクチョウ | キングペンギン | |
| 鳥と爬虫類,両者は全く異なるように見えます。そもそも爬虫類は翼を持たず,羽ばたいて空を飛ぶ事は出来ません。トビトカゲやトビヘビも羽ばたくのではなく,滑空する事で空を飛びます。鳥と爬虫類が同じ仲間とはにわかには信じ難い事ですが,一部の人は割とすんなりと受け入れられると思います。著者もその一人でした。著者は藻類の専門家で,鳥や爬虫類に詳しくはありません。ですが,子供の頃からある古生物が大好きでした。それは恐竜です。恐竜は言わずと知れた太古の爬虫類です。子供たちに大人気の恐竜は,一般,専門家を問わず多くの人を魅了します。夏休みには日本各地で恐竜博や恐竜展が開催され,たくさんの人でにぎわいます。著者は幕張メッセで数年に一度開催される恐竜博を毎回見に行っています。スーパーサウルスが展示された2006年度は特別招待券を手に入れ,開催前日に数十名の参加者だけでじっくりと見る事が出来ました。人のほとんどいない会場で誰にも邪魔されずに展示を見る事が出来たという,著者の数少ない自慢話の一つです。話がそれましたが,近年の恐竜博では,「恐竜は鳥類に姿を変えて生き残った」という説が必ずと言って良い程紹介され,定説として広く受け入れられています。古生物学の分野ではシノサウロプテリクス(中華竜鳥),ミクロラプトル・グイなどの羽毛恐竜とヴェロキラプトルやデイノニクスなどの著名な肉食恐竜を含むドロマエオサウルス科の骨格から,鳥類との共通点が多く見つかっています。鳥類は進化の過程でドロマエオサウルス科から分かれたグループで,恐竜と鳥類とは極めて近縁な関係にあり,両者は分類学,系統学共に同じグループと考えられています。著者は2003年度の大恐竜博で初めてこの説を知りました。その後,上述の羽毛恐竜たちの骨格標本模型が次々と日本で展示紹介されるようになり,恐竜博,恐竜展に参加した方々は鳥類は恐竜の生き残りであるという認識を持つようになったと思います。著者が出会った男の子もきっと恐竜が好きで,どこかの恐竜博か恐竜展を見に行ってきたのでしょう。 | ||
| 鳥類と恐竜の関係についてもう少し詳しく見ていきましょう。恐竜は骨盤の骨格の違いから,竜盤目(Order Saurischia)と鳥盤目(Order Ornithischia)とに分けられます。竜盤目は2つの亜目,竜脚形亜目(Suborder Sauropodomorpha)と獣脚亜目(Suborder Theropoda)とに分けられ,鳥類は獣脚亜目に含まれます(図1)。 | ||
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図1.恐竜の系統樹:代表的な恐竜のグループを示すため,目より下の分類階級は用いず,「~類」としました(注)。枝は各グループが出現して絶滅するまでの大まかな期間を示しています。例えば,剣竜類はジュラ紀に出現し,白亜紀初期に絶滅しています。緑色で示した獣脚類の中から鳥類が出現しました。最古の恐竜の一種として知られるエオラプトルを含む獣脚類は三畳紀から白亜紀まで中生代の全時期を通して繁栄し,さらには鳥類として現在も繁栄を続けています。 注.分類階級で著そうとすると角竜類は角竜下目,獣脚類は獣脚亜目というように各グループの分類階級が異なり,並べ方が複雑になります。 |
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| 獣脚亜目は肉食恐竜から成るグループです。三畳紀に出現した最古の恐竜の一種として考えられているエオラプトル,ジュラ紀を代表する肉食恐竜のアロサウルス,ケラトサウルス,白亜紀を代表する肉食恐竜のティランノサウルス,タルボサウルス,ヴェロキラプトル,デイノニクスなどがこのグループのメンバーです。シソチョウ(始祖鳥),コウシチョウ(孔子鳥)などもこの亜目のメンバーです。現生の鳥類に最も近いのは,獣脚亜目のドロマエオサウルス科とトロオドン科と考えられています。 | ||
| このように,古生物学の世界では,鳥類は恐竜の一群,すなわち爬虫類として扱われています。それでは,現生の鳥たちはどうなのでしょうか。最初に「鳥は爬虫類」と言ってしまった後で矛盾しますが,現生種に関しては安易に「鳥は爬虫類」と言う訳にはいきません。現生種の場合は,化石を基にした分岐分類に基づいている古生物と違い,形態,骨格,生理,DNAの配列を用いた分子系統解析など,様々なものを比較検討しなければなりません。特に近年は分子系統解析による系統分類学が主流となっています。結論から言うと,系統学的には,鳥類はワニ類と近縁でカメ類,ムカシトカゲ類,ヘビ・トカゲ類と共に爬虫類に含まれます(図2)。 | ||
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| 図2:現生の鳥類と爬虫類の系統関係。 |
| 図の鳥類の位置に注意して頂きたいのですが,系統樹においてワニ類と鳥類とが姉妹群という近縁な関係となるため,爬虫綱と鳥綱とを分けるのが難しくなってしまいました。もし鳥類を綱の階級で扱うとするならば,カメ類,ムカシトカゲ類とヘビ・トカゲ類,ワニ類をそれぞれ綱の階級として扱わねばなりません。脊索動物門の他の綱,哺乳綱や両生綱とのバランスを考えると,綱を増やすのは得策とは思えません。そこで近年,新しい分類体系が提唱されています(図3)。 |
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| 図3.鳥類と爬虫類の新しい分類体系 |
| 新しい分類体系では,鳥類と爬虫類を爬虫綱にまとめ,爬虫綱の下に無弓亜綱(Subclass Anapsida),鱗竜亜綱(Subclass Lepidosauria),主竜亜綱(Subclass Archosauria)の3つの亜綱を置きました。主竜亜綱の下に主竜形下綱と鳥下綱という2つの下綱を設けました。図3を良く見て頂くと,おかしな点に気が付きます。カメ類やヘビ・トカゲ類が目の階級でまとめられているのに対し,ワニ類と鳥類は下綱の階級でまとめられています。これは,かつての鳥綱の分類体系を出来る限り崩さないようにする必要があったからです。鳥綱の下にはハト目,カモ目,ツル目など27目が置かれています。鳥綱を爬虫綱に含めることでこれらの目を一段階下の階級に下げるのはこれまでの鳥類の分類体系を大きく崩してしまいます。そこで,鳥綱を下綱の階級とし,目以下の階級の変更は行わなかったと考えられます。Livezey & Zusi (2007)は鳥下綱の下綱と目の間の分類体系において,区(Cohort)と亜区(Subcohort)という階級を用いて分類体系を整理しています。 |
| さて,このように系統学,分類学的に結論が出ているとはいえ,ここに挙げた分類体系を無批判に用いて良いとは限りません。特に,鳥綱が爬虫綱に含められるとすれば,変更に伴う影響は大きなものになるでしょう。鳥綱を爬虫綱に含める事によってかえって分類の混乱を招く事も予想されるため,難色を示す分類学者は少なくないかもしれません。藻類を専門としている著者から見ると,この程度の分類体系の変更は,既に何度も議論されてきた事ですので,大した問題ではないように思えるのですが,大型動物のように高次分類体系がほぼ固定しているグループでは大きな問題になるのかもしれません。分類学は他の自然科学分野と異なり,歴史的側面を持つ学問です。すべての自然科学は,過去の研究の上に新知見を積み重ねるものなので,その点では分類学も他の自然科学と違いはありませんが,過去何十年あるいは何百年前の文献調査が必要な分野は,少なくとも生物学分野では分類学のみです。話が少しそれましたが,分類を考える際,生きものの歴史(自然史)を理解するのはもちろん,過去に行われた分類の哲学的背景(どのような考えに基づいて分類したか)を押さえておく必要があります。例えば,「写真で見る生物の系統と分類」において,著者らはスーパーグループ・オピストコンタを分類群(タクソン)として扱うことを避けました。これは,オピストコンタの命名者であるThomas Cavarier-Smith博士の論文Cavarier-Smith (1998) の考え方に同意したからです。以下,該当部分を著者らが和訳してみました。
「確かに,私(キャバリエ=スミス)が「オピストコンタ」という名称を与えましたが,私はあえてオピストコントをタクソンとして扱いませんでした。なぜなら,オピストコンタはあまりにも表現型が多様化しており,真核生物の分類において一つの主要単位として役立たないからです。ある分岐分類学者が私に,「オピストコンタ界」を正式に設立するべきだとさえ言ってきました。しかしオピストコンタ界というタクソンは,すでに存在している動物界,菌界,原生動物界などと比べると,生き物の世界を大まかに分ける際に決して扱いやすいグループとは言えません。つまりこれは,系統学に対立した分類なのです。」 原文の引用:"I named opisthokonta. (中略) I deliberately did not create a taxon Opisthokonta or give a diagnosis for it. This is because opisthokonta are far too phenotypically diverse to be useful as a major unit of eukaryote classification. One cladist has even told me that I ought to have created a formal kingdom Opisthokonta. A kingdom Opisthokonta would be much less useful than the existing kingdoms Animalia, Fungi and Protozoa as a way of subdividing the living world into manageable major groups of similar organisms, i.e. in classification as opposed to phylogeny. Cavalier-Smith (1998) Biology Reviews 73:213" 種分類と違い,界,門,綱といった高次の分類体系については,それらの範囲に明確な基準はなく,分類学者が任意に設定できます。だからこそ,分類体系を考える際,科学的妥当性に加え,その歴史的背景が重要になってくるのではないでしょうか。「鳥は爬虫類」かについての結論ですが,著者は最初に登場した男の子と同じく「yes」と考えています。つまり進化・系統的に見れば,鳥類は間違いなく爬虫類の一つの枝に過ぎません。一方,鳥類は現生のその他の爬虫類と異なり,飛翔能力,羽毛や恒温性などを獲得した明瞭な「タクソン」とも見なせます。このタクソンのランクについて様々な議論がなされている以上,今のところは現在最も良く用いられている分類体系(鳥類は鳥綱とする)を採用し,さらに鳥類を爬虫類に含める学説もあることを紹介するのがフェアであると考えています。 |
| 参考文献 |
| Cavalier-Smith, T. 1998. A revised six-kingdom system of life. Biology Reviews 73: 203-266. |
| 岩槻邦男・馬渡峻輔 監修 松井正文 編 2006. バイオディバーシティ・シリーズ 7 脊椎動物の多様性と系統 裳華房,東京,403 pp. |
Livezey, B. C. and Zusi, R. L. 2007. Higher-order phylogeny of modern birds (Theropoda, Aves: Neornithes) based on comparative anatomy. II. Analysis and discussion. Zool. J. Linn. Soc. 149: 1-95. |
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